6月24日の英国EU離脱の国民投票の結果がもたらす知的財産権への影響について*

2016年6月24日(金)、英国のEU離脱(B REXI T)を支持する英国国民投票の結果が公表されました。この結果を受けて、英国は欧州連合(EU)から離脱する運びとなりました。

本稿では、知的財産権に関連する当面の影響について説明します。

まず留意しなければいけない点は、今回の国民投票の結果によって英国が直ちにEUから離脱するわけでないことです。

英国のEU離脱の手続きは、EUの基本条約(リスボン条約)第50条の規定に従って進められることになります。リスボン条約第50条の規定によれば、「いかなる加盟国もその憲法上の要件に従って欧州連合からの脱退を決定することができる。」、「脱退を決定した加盟国は、その意向を欧州理事会に通知するものとする。欧州連合は、欧州理事会によって策定される指針を踏まえて対象国との交渉に臨み、合意を形成するものとし、欧州連合との将来的な関係の枠組みを考慮して脱退に際しての取決めを提示する。」とされています。また、同条には、「この条約の規定は、脱退の合意の発効日に、または脱退の合意形成に至らなかった場合、欧州理事会が対象国の合意のもと全会一致で期間の延長を決定する場合を除き、第2項に規定される通知から2年の期間の経過後に、当該対象国に対して適用されなくなるものとする。」と規定されています。実際には、英国の離脱は今後数ヶ月のうちに行われるわけではなく、少なくとも2年を要するとみられています。

次に、権利の取得および権利の行使のいずれについても、国内法に準拠する権利、例えば商標権、意匠権および特許権は、B REXITによる影響を受けない点が重要です。

しかしながら、BRE XITによる将来的な影響は、特許に対するものと、商標、意匠およびデータ保護に対するものとでは顕著に異なると考えられます。

特許に関していえば、欧州特許庁(EPO)は欧州連合とは独立した組織であるため、欧州特許出願から派生する権利、および欧州特許庁によって審査され、発行される欧州特許は、直接的な影響を受けません。現に、欧州連合に属していない多くの国、例えばスイスはすでに欧州特許機構(EP Org)の一員になっています。したがって、B REXI T後であっても、英国は、欧州特許機構におけるその地位および役割を保持するものと考えられます。英国を指定国とする欧州特許は、引き続き欧州特許庁によって発行されることになります。

一方、20 1 7年前半の運用開始および発効を予定していた欧州単一効特許(Unita r y P aten t)および統一特許裁判所(Unifie d P ate n t Cou rt)については、開始時期の遅延が予測されています。しかしながら、たとえ遅延が生じることになっても、制度の導入そのものが見直されるわけではなく、30年以上の長期間にわたって期待されていたこれら新制度は、幾つかの再交渉の機会を経て導入されることになると専門家はみています。例えば、欧州特3許出願の4番目の出願国であるイタリアが、現在英国に与えられている地位を引き継ぐことが考えられます。

それに対し、欧州連合商標および共同体意匠については大きな変更が予測されています。将来発生する権利に対して与えられる領域的保護は英国に及ばなくなります。現段階で出願され、または登録されている権利がどのように扱われるのかは不明です。原理的には、英国が欧州連合の一部を構成しなくなる以上、それら権利はもはや英国に及ばなくなるといえます。しかしながら、離脱交渉の枠組みの中で、例えば欧州連合の加盟国を対象としたそれら権利を英国内の権利に変更することを可能にするなど、BRE XI T以前に出願された欧州を対象とする既存の商標権および意匠権を保護する何らかの合意がなされると多くの専門家が予測しています。

加盟国が欧州連合から離脱する影響のうち、権利の消尽について留意する必要があります(過去または現時点においては、英国内の市場において適法に流通に乗せられた製品は、欧州連合の全領域にわたって自由に取引可能であるのに対し、将来、すなわちBREX ITの後では、英国内における最初の市場流通、または英国を含む市場拡大に起因する権利の消尽は、自動的に発生するわけではなくなります。)。また、複数国を対象とする契約の適用対象についても同様に留意が必要です(英国において有効なあらゆる契約においてその条項の見直しが避けられません)。

欧州連合が、知的財産権または産業財産権に関連して適用され得る特段の規定、例えば製薬業界を対象とした販売承認(医薬または植物検疫対象製品に対する販売承認)に関する規定を設けている場合には、とりわけ注意が必要です。また、共同体規則に基づいて、医薬、植物検疫対象製品および小児用医薬製品などについて、各国における保護期間の延長(Sup plem en taryProtec ti on Cert ific ate)を受ける場合も同様に注意が必要です。

著作権は、主として英国内の法律ないし国際条約の規定が適用されるので、BREXI Tの直接的な影響を受けることはないと考えられます。

しかしながら、データ保護に関連する20 16年4月27日付けの欧州連合規則2016/679に付随して現在議論されているデータ保護の規定は、欧州連合からの離脱手続きが完了した時点で英国には適用されなくなると思われます。そのため、英国と他の欧州連合加盟国との間におけるデータのやり取りに関し、別途の合意が形成されることになるでしょう。同様に、1996年3月11日付けの96 /9 /E Cに基づくデータベース保護の仕組みについても、英国に適用される規定と、欧州連合の加盟国に適用される規定との間で将来的な調和が保証されなくなることに留意する必要があります。

レジャンボーは、お客様の産業財産権のポートフォリオの最適化に必要な分析をお手伝い致します。

現時点での結論として、特許に関していえば、少なくとも短期的には権利保護のための現在の手法を特段変更する必要はないでしょう。しかしながら、商標および意匠については、英国を対象とする別個の出願、権利化を検討する必要があり、おそらくはそうすることが将来的には好ましい対処方法となると思われます。

EUに関連する英国の状況がどのように進展するかは今後明らかになるでしょう。2016年8月2日、英国知的財産庁(UK IP O)は、「英国は、現時点において統一特許裁判所(UP C)の参加国であることに変わりはなく、その地位に基づいて今後もUPCの会合に出席、参画する。」とコメントを発表し、今回の国民投票の結果が直ちに影響を及ぼすわけでないことを強調しました。いずれにしても、UP C参加国を代表するUPC準備委員会は、UPCの実現に向けて具体的協議を継続します。次回の会合は10月上旬に予定されています。

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*本稿は2016年6月24日付けの英文記事に基づいて作成されましたhttp://www.regimbeau.eu/REGIMBEAU/GST/COM/PUBLICATIONS/2016-06-BREXIT-Premiers-Commentaires-ENG.pdf

Published by

田原正宏

欧州特許弁理士・日本国弁理士

クリスチャン テクシエ